| YAMASA通信 No.48 2002年8月1日(木) YAMSA言語文化研究所・隔月発行 | ||||||||
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| 「企業日本語教育」 | ||||||||
「ゴセイチョウ アリガトウゴザイマシタ」――ちょっとたどたどしくてユーモラスなこの言葉でスピーチが締めくくられ、満場から拍手が沸きあがった。私はその時ある企業でスピーチコンテストの審査をしていた。場所は静岡県磐田市。ヤマハ発動機の子会社のYEDという企業である。現在、ヤマサはこの企業で週3時間の日本語授業を行なっている。この日は担当講師の堀先生の発案で、始めてのスピーチコンテストを開催したのだった。堀先生の心配をよそに、各学習者のスピーチはどれもとても初級レベルとは思えない出来だった。 私はこの6月から、ヤマサで企業関係の日本語クラスの渉外・営業窓口を担当している。企業関係のクラスは、その規模や授業時間数等の面で学生相手の全日制のそれとは大きく異なる。授業時間数はせいぜい週4時間程度であり、かつ学習者の都合でよく休講になるので、当然のことながら学習者の上達は概して遅い。そこで教師がイライラしたりフラストレーションを感じたりしがちになる。また1人〜2人相手の授業も多く、そうなるとドリルのやらせ方、媒介語の適切な使用等、授業の進め方も多人数クラスとは違った対応が求められる。私自身、下は1人から上は38人のクラスまで教えたことがあるが、どちらも非常にいい経験になった。まだマンツーマン授業を経験したことのない講師の方で、ぜひやってみたいという方がおられましたらご一報ください。 ところで、企業関係の日本語教育となるとその対象は外国人労働者ということになるが、この点では東海地区は日本語学校にとって格好の活動の場である。厚生労働省の資料によれば、昨年6月1日現在で、直接雇用・間接雇用合計の外国人労働者数は、1位が愛知県で3万人強、2位が静岡県で3万人弱であり、この2県で全国の実に27%を占める(ちなみに3位は東京都の2万5千人強)。また外国人労働者を直接雇用している事業所の数でみると、これはさすがに東京都が圧倒的(4,011)であるが、2位は愛知(1,627)3位は静岡(1,578)である。こういう数字を見てしまうと、もう担当者としてはのんびりしていられなくなる。さあ、これから新規開拓に精を出さなくちゃ! (YAMASA言語文化研究所 企業日本語教育担当 日本語講師 長門 久明)
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![]() コンテスト優勝者:Mohd Amirrudin Esa ![]() こんばんは、アミルディンです。 きょうは、わたしの あかんぼうの はなしを します。 さいごまで、ねないで きいてくださいね よろしくおねがいします。 にせんにねん ろくがつ にじゅうななにち ごご じゅうじ にじゅっぷん わたしの つまは けんこうな おとこのあかんぼうを ぶじ しゅっさん しました。 びょういんは、わたしの ふるさとの ちかくにあります。 あかんぼうの たいじゅうは 3800グラム です。 しんちょうは、54センチ です。 あかんぼうの なまえは モハマド ナウファル ちゃんです。 ![]() なまえは、つまと、わたしとで かんがえました。 かわいい なまえでしょ? なまえの いみは きのやさしい こ という おもいがあります。 ナウファル ちゃんが おおきかったので なんざん でした。 なんざんです。(コメディ) そのため つまは みっかかん にゅういんしました。 ![]() ナウファル ちゃんは おうだんの おそれが あるので いつかかん にゅういん しました。 わたしも そのあいだは、しんぱいなので びょういんに とまりました。 そのご ぶじ たいいんして わたしは くるまで いえまで いきました。 ![]() その とちゅう ナウファル ちゃんは なくこともなく やく 30ぷん ほど ひとや ドリアンのきを みていました。 いえに かえって はじめて ナウファル ちゃんを だきあげました。 しかし、だきかたが わからなくて たいへんでした。 いまは もう だいじょうぶ です。 ほんとは、おとうさんの じっかんが なかったのですが、いえに かえって、だきあげて ゆびを にぎってくれて、はじめて ![]() おとうさんに なった じっかんが でました。 みなさんには、ごめいわくを おかけしましたが しあわせな かぞくが できて ほんとうに よかったです。 ありがとうございます。 | ||||||||
| 「YED日本語教育」 | ||||||||
私とYEDとの出会いは、去年の6月、私がまだYAMASAと講師契約をする以前のことです。現在静岡大学の留学生センターにいらっしゃる袴田先生のご紹介がきっかけです。YAMASAが磐田市方面で日本語教師を募集していることを伺い、まだYEDとYAMASAが日本語講座契約を結ぶかどうかもわからないまま、私はYEDでトライアルレッスンを行いました。その授業にはYEDの竹田社長も見学され、マレーシア人社員15名を対象に「自己紹介」を教えました。「はじめまして、わたしは〜です。」から導入し「わたしはYEDのエンジニアです。」と展開した時、日本語という霧の中にいた生徒達が明るい光を見つけた輝かしい顔を今でもはっきり覚えています。その後すぐにYAMASAとYEDは契約をし、私もYAMASAと契約し、1年が経ち現在に至っています。今では帰国者もあったため総勢9名の生徒となりましたが、レベル別に2クラスに分かれ勉強しています。YEDは磐田市のヤマハ発動機Mのグループ会社で本社・工場地区の一角にあります。YEDビルは6月のサッカーW杯を思い出せば簡単で、日本代表ベースキャンプ地グランドのすぐ隣にあります。ヤマハ発動機Mのサッカーチームであるジュビロ磐田のグランドを日本代表が使用していたので、毎回授業に向かうためには日本代表選手の応援に全国各地から駆けつけたファンやマスコミの間をぬっていかねばならず、別に自分に注目されてもいないのに勝手な優越感に浸ってしまいました。 YEDはレーシングカーの設計部門だと記憶しております。そのため生徒達は学生時代に英語圏での留学経験もあり、大学をトップクラスで卒業し数々の難関を突破し選び抜かれたいわゆるエリート組で、一度例文を出すとすぐに理解をしてくれるとても優秀な方達です。人間的にもレベルの高く親切で優しい生徒達です。また彼らはとても活発で気さくなので、会話練習の際はプライベートな話までどんどん盛り上がります。以前「ひらがな」の導入が終わった頃「ひらがなテスト」を実施しましたが、生徒たちの誰一人としてパーフェクトを取ることが出来ませんでした。それが彼らにとって『人生最大の屈辱』だったというから驚きです。今まで順調にきていただけに、パーフェクトでなかったことが大変悔しいということでした。再度テストを行い、もちろんパーフェクトで上手にひらがなを書くことができるようになりました。それからというもの、彼らの中にお互いに強いライバル意識が芽生え、日本語に対する勉強意欲も強くなりました。 今回のスピーチコンテストは1年間の成果を上司・同僚の方にもアピールしようということから企画しました。その発表内容は教授した文法事項を超えており、私は生徒達がこれほどまでにスピーチに対して情熱を燃やしていたことを大変嬉しく誇らしく思いました。恐らく日本人の友人にいろんな質問をし、何度も辞書を引いて考え、たとえどんなに仕事が忙しくても一生懸命勉強していた彼らの姿を思うと教師冥利に尽きます。是非、来年もこのコンテストを行いたいです。彼らは毎回本当に私の期待以上に努力する生徒達で、日本人スタッフの方々はとても協力的ですので、私はYEDの講師でいられることにとても感謝しております。これからも努力家の生徒達に負けないよう教師としての質を高めることに精進していきたいと思います。 (YAMASA言語文化研究所 日本語講師 堀 永乃)
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| 「夏の味覚:失われた山村のナンバンキビ」 | ||||||||
私が小さい頃、夏休みに田舎(愛知県北設楽郡)に帰る楽しみの一つは、ナンバンキビ(トウモロコシ)を食べることでした。今でこそ、スーパーマーケットに行けば、当たり前の様に売っていて簡単に手に入るのがトウモロコシですが、あの頃は都会には無い本当に貴重な食べ物でした。 で、そのナンバンキビですが、大きさはバラバラ!粒の色も紫色、乳白色、薄黄色、紺色が混ざっていて、とても歯応えがあり、甘味も少ないものでした。 ただ、しっかり噛み締めて味わうと、いかにも穀物といった感じの独特の香ばしさと旨みが広がり、私はとても気に入ってました。 でも、私が中学に入った年の夏休み、ナンバンキビは突然姿を消し、大型で黄色一色のスイートコーンに変わってしまいました。祖母が「農協からこっちの種の方が甘くて大きいのが出来るって言われたもんでね。ホントだよ美味しいよ。」と、嬉しそうに言うので何も言えませんでしたが、柔らかくてほとんど歯応えの無い上、砂糖の様に甘味だけが強いスイートコーン・・・何とも味気ない、寂しい、馴染めないものを感じました。 以後、私はトウモロコシが好物では無くなり、ほとんど関心すら無くしていたのですが、最近になってスーパーに並んでいるトウモロコシがスイートコーンでは無く、ピーターコーン(又はスーパースイート)に変わっている事に気づきました。乳白色と薄黄色のツートーンの粒で、食べてみるとスイートコーンに比べて甘味は少し抑えられ、ほんの少し旨みらしきものも感じられました。でもやっぱり砂糖っぽい甘味がほとんどです。 「じゃあ、かつて田舎で作っていたナンバンキビとはどんな種類のトウモロコシであったのか?」 思い立って、調べて見ることにしました。 そこで解った事を、結論から言いますとあのナンバンキビは、正式には「フリントコーン」と呼ばれる種類らしく、日本では平地の少ない山村で主食の補助的な役割をする穀物として作られていたという歴史が見つかりました。そしてフリントコーン本来の種の粒が黄色であるのに対し、私が食べた北設楽郡のナンバンキビは粒の色が多彩でしたから、どうも長い間山村の気候で栽培されつづけた結果で進化(変化?)した貴重な亜流種らしい。 そう判断した一番の根拠は、フリントコーンにはデンプンが多く、スイートコーンやスーパースイートでは生長過程で甘味(糖分)がデンプンに変わらないで最後まで甘味が残る様に品種改良してあるという点にあります。 つまり、私がナンバンキビから味わった香ばしさと旨み、あれはデンプンから来るものだと考えると合点が行くのです。 もう一度食べてみたいと思い、八方手を尽くしてみましたが、どうもスイートコーンの登場で淘汰されてしまった様です。マフィン(トウモロコシの粉で作ったパン)を買って食べましたがやっぱり全然違う・・・。 残念ながら、あの味に出会うことはもう二度と無いのですね。 〜終〜 (服部工業株式会社 ニューマーケット事業部 金田一宏)
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※答え
問1 4
問2 3
問3 3
問4 4
問5 3
問6 3
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| ホストファミリーを募集しています。詳しくは飯島までご連絡ください。 | ||||||||
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●編集・発行●
服部公益財団YAMASA言語文化研究所 444-0832 愛知県岡崎市羽根東町1-2-1 tel:0564-55-8111 fax:0564-55-8113 E-mail:info@yamasa.org ホームページも是非ご覧下さい |