日本語教師養成講座
日本語教師養成講座の第3期は6月22日に修了し、受講生18名は今年も一人の落後者もなく全員修了証書を手にしました。その後のスピーチでは感涙にむせぶ人もあり、見守った講師や事務局も毎年のことながら感慨深いものがありました。式の後は「くるみ」での茶話会、更にはその後の食事会で、お互いの1年間の苦労を讃え合いました。
また7月2日からは第4期の講座が始まりました。今年は3年ぶりに夜間部を復活させ、受講者数は昼間部19名、夜間部13名となりました。皆さん1年間元気で頑張ってください。
第3期養成講座受講生 田中英次
少し前の清水さんの投稿で、旦那さんの関西弁に悩まされている(?)というのがありましたね。私も実習中に三河アクセントをよく指摘されたものです。関西弁で思い出したのですが、もう一ヶ月くらいに前にNHKで「第48回外国人によるスピーチコンテスト」を放映していました。入賞したスピーチに「大阪弁は第2の日本語」というのがありました。韓国人(だったかな?)の彼は、日本では大阪に滞在することになった。
国を出る時、”日本語は標準語を勉強するのであるから大阪弁には染まらないように、と友人から忠告を受けた。忠告を守って大阪で標準語を話していたが、大阪人が何だかよそよそしい。そこで思い切って大阪弁に切り替えたら生活様相が一変した” というものでした。それで彼は、”日本で堂々と話されている大阪弁は第2の日本語といえる”ーーーと結論づけました。
うん、そうだ。日本語は幅が広いのだ。聴衆は納得した。が、もし彼が日本の企業で働くとして、上司に”もう会社に慣れた?”と聞かれて”おおきに、ぼちぼちでっせ”なんて返事したら即刻クビ?
明日からカンボジアはアンコールワットへ旅行してきます。養成講座中はなかなか旅行ができなかったので。
AIJP講師 彦坂 芳宏
昨年の4月にYAMASAに来てあっという間に1年がたった。経験の浅い私が、ここまで頑張れたのも、拙い授業にもかかわらず、熱心に参加してくれる学生たちに何度となくはげまされからである。また、周囲の先生方のやさしい心遣い、丁寧なご指導があったからである。
「ありがとうございました。」YAMASAに来る前は、アメリカのサンディエゴにある大学で日本語を教えていた。1クラス30人はいるクラスで、大学の単位稼ぎのためにとっている学生も中にはいた。高校を卒業したばかりで、帽子をかぶってガムを噛みながら授業をうけ、言いたいことははっきり言う学生が多いなか、日本語、日本文化を教える大変さはあったが、楽しんで日本語を勉強し、日本文化に心から興味をもっている学生に出会い、日本語を教えることに魅了された。
YAMASAに来て学生の熱心に勉強する態度、また、先生方の教育に対する情熱には本当に驚かされた。私にとってこのような環境で日本語を教えるのは初めてで、1から勉強することばかりだった。
1年たった今でも、授業の前はいつも緊張している。夜は、授業の準備で必死になっている。納得のいく授業ができることもあまりなく、学生に申し訳ないと思うこともあるが、あまり気負わず、ゆとりを持って学生と接し、とにかく自分自身楽しむことを心がけ頑張っていこうと思う。

皆さん、かくれんぼうをしたことがありますか。かんたんに説明すると、かくれんぼうというのは、じゃんけんでオニを決めて、オニ以外の人は隠れる場所を探します。オニは皆が隠れているかどうかを確認するため「もういいかい。」と言った上で探しに行くという遊びです。
ポルトガルから来た私は何度もオニになったことがあります。しかし、私の場合は人ではなく物や言葉探しをしています。
はじめて日本に来た時に、遠くに見えるポルトガルという国は、日本人の間でほとんど知られていないのだろうと思いました。しかし、驚いたことに歴史をはじめ有名な人物や料理といったことまであたかも一般知識かのように広がっているという風に感じました。それで発見したことがいくつもあります。
まず、およそ五世紀前、初めてキリスト教伝道者として来日したフランシスコ・ザビエルという人物がよく知られているそうです。学校の教科書でも出てくるこのザビエルに関するテーマは日本人の一般常識の知識の一つになっているそうです。
1549年、ザビエルを頭にイエズス会の宣教師達が最初に鹿児島にやってきました。この島国に新鮮な感覚をもたらした彼らとキリストの教えは日本人に熱烈に歓迎されました。宣教師にとっても日本人は「今まで発見された国民の中で最高であり、日本人より優れている人びとは、(ノ)見つけられないでしょう。(ノ)驚くほど名誉心の強い人びとで、他の何よりも名誉を重んじます。」* という風にみられていたそうです。このあたたかい交わりの結果は、長崎をはじめ九州を巡回するたびに目の当たりに見ることができます。それはキリスト教会の建物、すなわち現在まで残ってきた物的証拠ですけれども、今日ではキリスト教風での結婚式を挙げる日本人は少なからずいるのですが、おそらく伝道が及ぼした影響、昔の精神を今まで心の奥に生かしておきたかったのかもしれません。
次の発見はカステラのことでした。カステラと言うとお城をイメージする人が多くいるのかもしれませんが実物を目にした瞬間に私の口から、つい「パン・デ・ロ」という言葉が飛び出しました。全く違う呼び方をしているポルトガル人にとっては大混乱でしたが、一方でそんなに好かれているカステラなら商売をしたくなるというくらいに喜びました。
イベリア半島(当時のポルトガル国、スペイン国)にはカスティリャという王国があったのですが、このお菓子の名前はそちらから来たとは限りません。しかも、ポルトガルにはこれに似たような菓子名は耳にしたことがありません。
しかし、こういう話があります 「ポルトガル人が殿様に自分の国のお菓子を献上しました。 日本にない甘くてふわっとしたお菓子がすっかり気に入った殿様はお菓子がのっていた皿を指さして 、その名前をたずねました。ところで、そのお菓子はポルトガルのお皿にのっていたのですが、殿様が皿をゆびさしていたものですからポルトガル人はてっきり絵のことを聞かれたのだと思って、カステイラ(城)と答えました。 こうして、そのお菓子は「カステラ」と呼ばれるようになったということです。」** 笑いを引き起こした話かもしれませんが、なんらかの勘違いのおかげで今日までポルトガルと日本は密接なつながりを保つことができています。
また、ポルトガル語から借りているカタカナ言葉は想像した以上に多くあります。カステラはその一つですが、「シャボン、ボール、じょうろ(如雨露)、カンテラ、こんぺいとう(金平糖)、カッパ、メリヤス、ズボン」です。そして、全く同じ発音と同じ意味をしている 「パン、コップ、ビードロ、アルコール、イルマン(兄弟)、オルガン、ミサ、ベランダ、カルタ、パラソル、フラスコ、ボタン、タバコ、テンプラ」のもあります。パンやテンプラを食べたりコップを持ちベランダに出たりする時は歴史が残してきたものを、今受け継いでいると連想させられます。ですから、知らず知らずのうちにポルトガルの雰囲気に囲まれてきました。
オニになっている私は面白いエピソードと出会い、隠れている言葉を見つけることによって離れているわが国をさらに近く感じます。このポルトガル探しは今でも続いています。
魔法のように驚くべき姿を現しているこの日本は私をおどろかせています。
皆さんはどうでしょうか。日本に隠れている皆さんのお国のすばらしさを一緒に探しに行きませんか。
私は楽しくこのかくれんぼうをやり続けたいとおもいます。
では "もういいかい"日本。
* 聖フランシスコ・ザビエル全書簡 (本書第3巻く96ページより)
**カステラ系伝説サイト (2001/01/08より)
7月期の講座からYAMASAの学生だけを対象とした講座が始まりました。学生さんが参加しやすいように、午後4時からの開始となっています。
現在は華道と着付け、茶道の三つの講座があります。
いずれの講座も経験を積まれた実績のある先生方で、市の内外でたくさんの教室をおもちの先生ばかりです。たいへんご多用な先生方ばかりですが、外国人の学生さんに日本の代表的な伝統文化を伝授できるということで意欲的に取り組んでいただいています。
まだ始まったばかりで、定員にも余裕がありますから、途中からでも受講できます。
ただし、茶道については積み重ねが必要となりますので、途中からの受講はできず、新しく受講できるのは10月からとなります。
なお、現在開講中の講座の中で和太鼓や水彩画にはYAMASAの学生さんも日本人の一般受講者と一緒にたくさん受講しています。受講時の言葉の問題もありますが、活動を通して日本人と触れ合えるチャンスでもありますのでチャレンジしてみるのもいいでしょう。
所長 服部良男
先日友人が東京から岡崎に来た。かれは、「岡崎は空が広い」と言った。マークス寿子女史の本「日本はなぜここまで壊れたのか」にもこんな一節があった。「日本から久しぶりにロンドンにもどって一番先に気がつくのは、なんと空は広いものだろうということだ。日本で、私は東京に住んでいて広々とした空というのを見ない癖がついている。イギリスへ戻って、車でロンドンから南西へ向かう高速道路に入ったとたん、空が端から端まで見えるのに驚く。
もちろん、ロンドンも空気は汚いし、だんだんと埃っぽい街になってきて、イギリスの田舎の人たちからよくロンドンなんか住めるねといわれるほど、ロンドンも美しい街ではなくなってきている。しかし、日本から行った人間にとっては、空が見える、月が出ているのがちゃんと見える、雲が流れるさまが車の中に座っていてもみえるということがたいへんな驚きになる。」となりで建設中の高層マンション、10階の高さまで来た。20階建であるから、完成時のその威圧感は想像を絶するものに違いない。名古屋駅まえのJRタワーや新しいミッドランドタワーなど、名古屋の都会の中でもまた威圧感がある。猫と同じで人間も相手より高いところで生活すると、偉くなったような錯覚を起こすのではないだろうか。ミッドランドに行ってみたが、外から見ても、中に入っても何の魅力もない建物である。ふるさとは、空が広く、いつ行っても同じ風景であることの方が、心地よいに決まっている。「村をこわし、街をこわし、ピカピカの建物を作ってもふるさとにならない」と前述のマークス寿子さんは結んでいる。