YAMASA通信 No.78 2007年8・9月号 YAMSA言語文化研究所・隔月発行
YAMASA言語文化研究所のホームページはこちら             FMおかざきのホームページへ


国際交流 ホームステイ特集


留学生を受け入れて  鈴木 博章(安城市)
私の家庭に賑やかさを取り戻した1ヶ月でした。かつては、「うるさい。」「静かにせよ。」という日が続いていたことが懐かしい・・・その子供もすでに独立し今は、老夫婦世帯です。ある日、知り合いのNさんより「YAMASA」の話を聞き留学生を受け入れることになりました。
8月1日、台湾の可愛い女子大学生曾友宣、愛称ヨヨが来ました。ヨヨは、とても素直でおとなしく、勉強家で感心します。「行ってきます。」「ただいま帰りました。」の久しぶりの響きに心が和みます。ヨヨとは、観光など案内のほか、夕食後、毎日、日本・台湾の文化など、多くの事を話し合いました。別に大上段に構えた話ではありません。
「は・・・」の冗談を交えながら「YAMASA」での出来事など、日常的な楽しい話です。これらの話し合いにより、ある程度、お互いを理解したものと考えております。
 この1ヶ月は、私たちに取りまして、家庭が一段と明るいもので、ある面では、よい緊張感もあり、楽しいものでした。ヨヨは、また、日本に来ると言っています。私たちは、待っています。 
 今回、「YAMASA」という留学生受け入れの団体がこのような身近にあることを知りびっくりしまた、受け入れることにより、よい体験となりました。                    



ホームステイを体験して
曾 友宜 (台 湾)

 お母さんは、毎日美味しい料理を作って下さいました。野菜は御家族が作ったのでとても新しい、あまいでした。私は初めていちじくを食べました。美味しかった!!またお母さんは扇子の作り方を教えて下さいました。
 毎日、お母さんとお父さんと食事しながら、たくさん話しをしていました。今、そのおかげで日本語を話せるようになったと思います。
 お父さんは陶器屋を作ったので、どうやってカップを作るか教えてくださいまして、2つ作りました。台湾へ帰る前に、お父さんが作った陶器を1つ頂きました。
 お盆の間はホームステイの御家族、皆さん全部家に帰りました。にぎやかになったんです。
  ホームステイのお子さんは自分で作ったお土産を下さいました。一緒にたくさんの日本のことを話したり、美味しい料理を作ったり、遊びに行ったりしました。
 ホストファミリーの娘さんと一緒にサッカーの試合を見に行きました。初めてですから、とても嬉しかったです。皆さん全員親切にしてくださいました。楽しかったです。
 週末はいろいろな所へ遊びに行きました。安城七夕祭り、花火大会、足助、デンパーク、八丁味噌工場、名古屋、岡崎城、南木曾などです。
 今回はYAMASAに申し込むのが遅くて、1か月しか勉強できませんでした。将来、またもう一度、早くYAMASAに申し込んで、もっと長くホームステイをしようと思っています。


Anees BENFERHAT (アメリカ)

 中山さんの御家族は二人の小さなお子さんが見えるので、とても忙しいです。
僕は自分にできることがあればお手伝いして一緒に過ごしました。僕たちはほとんどの時間をリビングやキッチンで一緒に過ごしました。料理、掃除、ご飯を食べたり、お皿を洗ったり、僕はそれが全然気にならなかった。
 なぜなら、僕たちは家族のような気がしたから。あたたかかった!!
僕たちは、家族のお友達と過ごしたり、週末は何度か一緒に出かけたり、お母さんの英語のクラスのお手伝いをしました。そのため、とてもいろいろな日本人と会うことができ、とてもたくさんの経験ができました。
 最後には、僕は本当に家族の一員になれた気がしました。2週間という短い期間でしたが、家族は本当に僕を歓迎してくれて家でくつろぐことができました。
 お兄ちゃんになっちゃった。楽しかった!!


David SCHNEIDER (アメリカ)

 ホームステイはとても楽しかった。始まる前から、ディズニーランドに連れて行ってもらえるという話があった。〜ディズニーランド〜 実は、僕はディズニーランドのようなテーマパークには行ったことがなかったんだ。もちろん楽しみにしていた。でも、予定を聞いた時にすごくびっくりしたんだ。木曜日、夜11時頃出発し、土曜日朝6時頃家に着く、往復7時間の道程と、開園から閉園までのディズニーランドの探検があるという予定だったんだ。ホームステイの両親は参加できなくて、二人のホームステイの兄弟の晃一と真奈、他の30人ぐらいの小学生と2人の先生と一緒に行った。アメリカではその予定は絶対あり得ないんだ。でも、晃一や真奈と一緒だったし、ディズニーランドに行きたかったし、楽しいと思って行ったら・・・ 
                   やっぱり楽しかった。すごく楽しかった。行きにあまり寝られなかったのに、すごく早く着いて待ったのに、長い小雨があったのに、アトラクション乗りに長い時間待たされたのに・・・楽しかった。一日中僕たちは、歩いたり走ったり乗ったり食べたり飲んだり(コーラ―)した。最後に10時頃バスに戻った。すぐに寝ちゃった。本当に面白かった。
   ホームステイを終えるのはとてもさみしい。晃一と真奈は従兄みたいだし、でも日本での楽しい思い出がふえたよ。
 ホームステイのお父さん、お母さんありがとう。ホームステイできて本当に嬉しかった。





ホームステイコーディネーター岡本さんに聴く
YAMASAでホームステイのコーディネートをしている
岡本恵子さんに、最近の様子をいろいろと聞きました。


■今、ホームステイをしている学生は何人いますか?
  8月にホームステイをしていた学生は28人です。
  国別では台湾11名、アメリカ8名、
  フランス、カナダ、スウェーデン各2名、
  イタリア、スペイン、シンガポール各1名です。
  男女別では男子11名、女子17名です。
  ちなみに昨年の8月は23名でした。

■ステイ期間は 平均どのくらいですか?
  今年の実績で約5週間です。

■ ホストファミリー(受け入れ家族)として登録されているご家庭は何家族ぐらいですか?
   〈岡崎市〉51  〈安城市〉7  〈蒲郡市〉5  〈豊田市〉3
   〈幸田町〉 2 〈名古屋市〉 2  〈宝飯郡〉2

 以上70家庭ぐらいですが、常時受け入れしていただけるご家庭は限られています。

■ホームステイが決まるまでの流れを説明してください。


■いちばん難しいのはどういう点ですか?
 受け入れにあたっては、できるだけ詳しいプロフィールを作成し、マッチングに気をつけています。それでも学生がホームステイを1日〜数日で切り上げたりして、お互いに分かり合えないまま中断してしまう場合には、割り切れない、悲しいものを感じます。

■週末だけのホームビジットも可能と聞いていますが・・・
 はい、日帰り、1泊、などあります。待ち合わせはYAMASA集合、解散になります。ホームビジットも、最初に登録が必要ですが、YAMASAが紹介させていただいた後は、2回目以降自由に学生とご家族の交流をしていただきます。

■今後の抱負を聞かせてください。
 ホストファミリーがまだまだ足らない状態で、ホストのお父さんお母さんが見つかるのを母国で待っている学生が数多くいます。最近では、ホストファミリーさえ見つかれば1週間〜4週間のホームステイを希望しているYAMASAの在校生も多くいます。
 私の願いはホームステイを希望するすべての学生に、ホームステイという、かけがえのない日本の家族との絆を味わってもらい、日本での楽しい思い出をたくさん残して帰国してほしいということです。一人でも多くの学生がホームステイの経験ができるよう、一軒でも多くのホストファミリーを増やすことが私の今の目標です。特に男子学生を受け入れて下さるご家庭は数が限られていますので、男子学生を受け入れていただけるご家庭には、ぜひホームステイ登録をしていただきたいと願っています。
 私も今年YAMASAの男子学生をホストファミリーとして受け入れる経験をしました。ホストファミリーになる経験は、愛知万博で外国パビリオンを見学する以上に、すばらしい経験だと思います。学生の母国の文化を日本語で聞きながら、日本文化、社会、日常生活などを自ら直接学生に語りかけることができ、毎年世界中に家族が増えていくのです。ご家族にとっても、かけがえのない素晴らしい思い出となることでしょう。YAMASAが、学生を紹介させていただいた後のサポートも責任を持ってさせていただきますので、ぜひ、ホストファミリーを体験してみてください。



思い出のベトナム日本語学校
贄 かおり

夕方、白いアオザイを着た高校生が授業を終えて帰宅するころ、同じ校舎に日本語を学びに様々な年代の学生達が集まってきます。校庭にはバイクが200台近く並び、私は古びた自転車をその隣に置いて、教室に向かっていました。
 学生数3500人、本校に朝・昼コース、3つの分校に夜間コースが設置され、ベトナム人講師30名以上、日本人講師10名で働いていました。AIJPと同じく3か月コースなので、単純計算すると日本人講師は一学期あたり350人の学生を見ていたことになります。名前を覚えるのに必死だったこと、3か月に一度のテストで一人100枚くらいの作文を添削したこと、会話テストで100人以上の学生を見たことなどが思い出されます。
 ベトナムで「先生」は特別な存在のようで、「先生の日」と呼ばれるものがあります。その日、11月20日は「授業の準備なんてしなくてもいいよ」と言われ、本当に大丈夫かと不安に思いながら教室に向かいました。教室を見ると、電気がついていません。何が始まるのかドキドキしながらドアを開けると、「先生の日、おめでとうございます!!」と言う声が聞こえ、大きなケーキの上でろうそくではなく花火がチカチカしていました。黒板には「感謝の気持ちをこめて」という言葉、机の上にはたくさんのフルーツやお菓子。その日は今でも忘れられません。
先生の日は本当に楽しかったのですが、少し複雑な気持ちでした。当時私は日本語教師1年目で、学生さん達を満足させられたとは思えません。それなのに、大きな花束やカード、プレゼントまでもらってしまい、申し訳ないような気持ちにもなりました。それからの授業は恩返しのような気持ちでやっていたように思います。
 海外生活の大変さを知るために、苦労するためにベトナムに行ったのに、学生さんや学校のスタッフに助けられ、いい思い出しか残りませんでした。本当に楽しくて幸せな1年でした。あの1年があるから、私は今もこの仕事を続けているのだと思います。「先生、今も日本語を教えていますか」「はい、今も教えています」、こんなメールでのやりとりをこれからも続けていけたらと思っています。






 教育再生会議が第2次の報告書を出した。最初の項目が、授業時間を10%と増加させることである。小中学校が土曜休みになったとき、それには、反対であった。私学である、めぐみ幼稚園もできる限り、土曜日の保育を残すようにした。
 当時、この法案が子どものゆとり教育から発案されたものとは思えなかった。基本的には、「時短」と呼ばれる国を挙げた労働時間短縮政策から導入されたような気がしていた。まるで、働くことは「悪」であるというような風潮であった。銀行が土曜日を休みにした。サービス業である銀行がそのようなことをするのは、まったくおかしなことである。当時、世界の銀行は土曜日にサービスを再開していた。
 授業時間が減れば、学習量が減ることは、物理的に明確であり、 熱力学の第2法則であるように、放っておけば、総ての事象は、カオス(混乱)に向かうのである。すなわち、子どもたちに自由時間を与えれば、カオスに向かうのである。
 学校を休みにするなら、地域の子供会、ラグビースクール、サッカースクールなど子どもたちに規範を教える組織や大人たちがいなければならないことは、世界の教育事情を見ても明らかだ。Jリーグは、そのような目的で設立されたと聞いているが、まだ、そのように機能していない。逆に、学校でのクラブ活動がなくなるとのことである。
 間違ったら、早く気がつき、直せばいい。教育界に関係する人々に、ぜひ、素直な心で反省して、早く手を打って欲しいと心より願う






留学フェアー

 毎年恒例の日本留学フェアーが今年も7月28日、29日に台湾の高雄、台北で、9月8日、9日に韓国のプサン、ソウルで開催され、2000〜4000人の来場者で賑わいました。YAMASAのブースには今年も卒業生が手伝いに駆け付けてくれ、かつてYAMASAで学んだ経験をもとに訪問者に学校説明等をやってくれました。更に今年は高雄で、AIJP卒業生の洪嘉徽さんが特設会場でのパネルセッションに代表として参加してくれ、YAMASAをアピールしてくれました。





●ヤマサ学生より

服と文化
●アダム・スミス(アメリカ)

 皆さん、こんにちは。今日は洋服と和服の違いについて話そうと思っています。
ごらんの通り、私は西洋人です。今日はスピーチがうまくいくようにスーツを着てきました。しかし、正直に言うと、このスーツは非常にきつくて不自然な着物だと思います。

1. もしよろしければ、ちょっと、ネクタイをゆるめさせてください。(上を見て一言、小泉さん、僕はクールビズに賛成だよ。)
息がなんとなくしやすくなりました。では、続けます。洋服というものは・・・すみません。ちょっと個人的なことですが、私はビール腹なので、今はいているズボンとベルトが本当にきつくてたまりません。
2. 失礼ですが、ちょっと待ってください。(ズボンを脱いで皆にみせます。)
はー、よくなりました。ベルトの便利さはわかりますが、私のような太り気味の人には小さい悩みではありません。誰かが私のお腹を絞めて殺そうとしているように感じます。このスーツはね(ブレザーを手にかけて)はじめて買ったスーツなんです。しかし、面白いことに、アメリカ人なのに初めてのスーツは日本で買いました。たぶん日本人がスーツを着る場面はアメリカ人より多いような気がします。例えば、日本人がよく着る結婚式などのためのホワイトタイというスーツは、アメリカでは正式すぎて、もう、100年前に着られなくなりました。
3. 本当に失礼ですが・・・(観客に背中を向けて、残っているスーツを脱ぎます。皆は私が下に甚平を着ていることをやっとわかるようになります。)
今着てる和服は甚平と呼ばれていて、素敵な和服の一種です。甚平といえば、やはり祭りの着物として着るのは当たり前だと思いますが、祭り以外ではリラックスするためだけに着られていることが私には納得できません。甚平は祭りの服やリラックスウェアだけでなく,江戸時代までは日常的に着られていました。

 生活のペースは服とともに決まるものではないでしょうか。スーツと違って甚平は自然なデザインなので、上品で落ち着いた感じがします。甚平や着物を着ているときは、バスや会議に間に合うために走れませんが、自分のペースにあわせて動くことができます。つまり、重要なことは甚平では優雅にゆっくりどこでも行くことができるということです。
お願いですので、自分の姿を鏡で2.3秒見てください。そして自分に「どうしてこのような洋服を着ているか」聞いてみてください。きついところがありませんか。着心地がいい服ですか。
私たちはせっかく日本にいるのですから和服を着る機会はいっぱいあります。和服をもっと着て生活のペースについて考えて、和服のよさを見直してみませんか。ありがとうございました。


■ 編集部より ■
 多くの学生が、日本の一般家庭でのホームステイを希望しています。日本文化、日本語を勉強したいと願って来日する学生ですから、素顔の日本人と接することのできるホームステイは、ベストの環境となるわけです。
ホームステイは次号にも続きます。

ホストファミリーを募集しています。詳しくは岡本までご連絡ください。
● YAMASA通信ではみなさまからのご意見、お便りを募集しています。
 お手紙、FAX、Eメールで承っています。どしどしお寄せください。
●編集・発行●
服部公益財団YAMASA言語文化研究所
444-0832 愛知県岡崎市羽根東町1-2-1
tel:0564-55-8111 fax:0564-55-8113
E-mail:info@yamasa.org
ホームページも是非ご覧下さい



TOPページへ