
日本語教師なら誰もが興味がありそうな文法事項についての考え方を、今号からいくつかシリーズで連載します。
執筆者はいずれも企業派遣・プライベートコース主任の杉田正先生です。
日本語教師ではない方々にも、日本語の面白さや難しさの一端に触れていただけると思います。第1回は12月19日のコラボレーションからの転載です。

日本語教師として、文法/表現のエッセンスを掴み取ることが重要です。それは、他の言語に直訳した場合にはなかなか現れてこない、その言葉/表現ならではの意味の成り立ちとでもいいますか。日本人なら自然に体得しているそのイメージを言語化(意識化)しておき、学生にそのエッセンスをバチっと伝えられるといいですね。以下にひとつ例をあげておきます。少しでもみなさんの参考になればと思います。
「動詞+ておく/動詞+てある」という『みんなの日本語』30課の文型を例にとってみます。『みんなの日本語』の文法解説によると、これら文型の説明として、「準備」だの「放置」だのというような言葉が出ています。しかし、そのエッセンスとは何なのか。それを解く鍵は、「おく」と「ある」にあると思います。
「おく」と「ある」は、一見まったく関係のない動詞のように見えながら、実は表裏一体の関係にあります。例えば、今、目の前の机の上には、何もない。しかし、ここに何かモノを置いてみる。すると何かモノを「おいた」結果として、今、目の前には、そのモノが「ある」ことになりました。何もなかったところにモノを「おく」という「行為」を行った結果、モノが「ある」という「状態」が生まれたわけです。そしてこのモノそのもの、あるいはこのモノがあるという状態は、何事もなければ、この先ずっと続くことになります。ここポイントです。こうして、「おく」という行為の結果、そこに「ある」ことになったこのモノは、今この瞬間も、あるいは将来のある時点においても、そこに「ある」限り利用することができる。しかし忘れてはならないことは、そこに「ある」ためにはあらかじめ「おく」という行為があったということです。
たとえば、明日の午後旅行に出発するとする。今、目の前には、空のスーツケースが「ある」。どうしてあるのかと言えば、さっきここに「おいた」からです。でも、下着やカメラやパスポートは「ない」。なぜかと言うと、さっきスーツケースを置いたときに、一緒に「おかなかった」から。今、たんすから下着を取り出してきて、スーツケースの隣に「おく」。すると下着はそこに「ある」ことになりました。こうして一つずつ「おいて」いくと、いまやスーツケースの回りには、旅行に必要なものがたくさん「ある」。旅行に必要なものをたくさん「おいた」結果生まれた、旅行に必要なものがそこに「ある」という状態は、何事もなければ、明日の出発時間まで続きます。すなわちこれが準備OK!ということです。ふとトラベラーズチェックが「ない」ことに気が付きました。そこで明日の朝、銀行へ行って発行してもらうことにしました。銀行から帰ってから、スーツケースの隣に「おく」ことにします。今は「ない」けれども、明日の朝「おく」ことによって、明日の午後出発するときには「ある」ことになる。「おく」と「ある」の関係とは、このようなものです。
次に「動詞+ておく」と「動詞+てある」を考えてみます。実はこれは、「モノをおく」と「モノがある」の、モノの部分が「動詞+て(行為)」になったものだと考えればいいですね。これは「〜をあげる/もらう/くれる」と「動詞+てあげる/もらう /くれる」の関係と似ています。こちらの場合は、「モノの授受」と「行為の授受」ということで、よく知られていますね。同じように「おく/ある」と「動詞+ておく /動詞+てある」の場合も、「モノ」の部分が「行為(あるいはその結果としての状態)」に代わったのだと言えるでしょう。
今何もないところに、ある行為を行い「その行為の結果」を「おく」(この「おく」はちょっと比喩的なのでイメージとして捉えてください)。そして、その「おく」という行為の結果がそこに「ある」ことになる。具体的に言うと、今何もないところに、「ビールを買うという行為」を行い、「ビールを買うという行為の結果」を目の前に「おく」(繰り返しますが、ここはちょっと比喩的です)。ここまでが「買っておく」です。するとこの「買っておく」という行為の結果として、「ビールを買うという行為の結果」が目の前に「ある」ことになります。これが「買ってある」です。(ここで言う「ビールを買うという行為の結果」とは「何本かのビールがそこにある」ということですね)。そしてこの「買ってある」という状態は、今この瞬間も、あるいは将来のある時点においても、そこに「ある」限り、やはり利用することができる。かくして明日のパーティーで、祝杯をあげることができるわけです。
明日のパーティーで飲むビールは買ってある?
まだ買ってありません。
昨日買っておかなかったの?
時間がなくて、買えなかったんです。
じゃあ、明日の6時までに買っておいて。
はい。必ず買っておきます。
こんな会話の中には、上記のような「おく」と「ある」のエッセンスが流れている。文法書に書いてある「準備」「放置」だのなんだのという意味は、こうした「おく」と「ある」のエッセンスが、それぞれの文脈に置かれた際に、立ち現れてきたものに過ぎないだろうと思います。
「動詞+てみる」は決してメtryモとは完全に重ならない。何でかな?みたいなことも、同様に考えていくと、見えてくると思いますので、やってみてください。